tatalabox

こじらせ占い師が役に立つか立たないかわからない事をダラダラと書く。

「若い時の苦労は買ってでもせよ」は今の時代どうなの?って話

「若い時の苦労は買ってでもせよ」ていうけど無理に買わなくても良いと思う

どうも、多々良(たたら)です。生涯雇われで仕事をする人、特に入社まもない人や若い人が結構な確率で言われるこの言葉、気持ちモヤモヤとさせられる「若い時の苦労は買ってでもせよ」というこの言葉について思う事を書いていきます。

言いたいことはわかる、だが素直に受け止められないのはなぜ?

「若い頃の苦労は買ってでもせよ」私はこの言葉がものすごく大嫌いです。
ネットで意味を調べてみると、
”若い時の苦労は買ってでもせよとは、若い時にする苦労は必ず貴重な経験となって将来役立つものだから、求めてでもするほうがよいということ。”
と書かれていました。

 


とてもポジティブな感じだし、なるほどそうかもしれないなと思う。
なのに、言われるとなんかモヤモしたりイラッとしたりするのは何故なんだろう。
この言葉を言われて、良いようにに受け取れる人って少ないんじゃないかな。

 


私も幾度となく言われたことがあって、毎回モヤっとした気持ちになっていました。
どうして言葉の意味通りに素直に受け止められないんだろうと思い、過去言われた時をいくつか振り返った時に気付いた。

 

この言葉を使うのは高確率でブラック企業とかだったりしない?

「若い頃の苦労は買ってでもしろ」とか「若いうちは苦労しといた方が後々楽だよ」とか言った人ってほぼブラック企業、ブラックとまではいかなくても黒に近いグレーな企業内の人が多かったように思う。
あとは自分が尊敬してない上司とか先輩。
それは素直に受け取れませんわ。

 

 

今は昔とは違う、終身雇用の時代ではない。
苦労した先に相応の地位と報酬が約束されている訳ではない。
頑張れば頑張るほど労働力だけどんどん一方的に吸われていくような企業、いわゆるブラック企業が大半のこのご時世。
一生懸命、正直に、真面目に働いている方が馬鹿を見ることの方が多い時代。

 


企業からいかに搾取され過ぎないようにするか、またいかに使い捨てにされないようにするか、そして最悪の場合、自分の命をいかに守るかという殺伐とした時代ですよ。
苦労した先に何もない可能性が高い今、積極的に買いに行けないんですよね。

 

 

さらに、この言葉を違う意味で使っている気がするんです。
苦労=残業・長時間拘束・休み無し・タダ働き・責任の押しつけ・過剰サービス・重労働
こうなってません?

 


その苦労を買った先に何が有るんでしょう。
精神崩壊
身体破壊
あるいは家庭・人間関係崩壊
私はこれしか思いつきません。

 

 

職場環境が良かったり待遇が良いと思った職場はそんな言葉をいちいち言ってこないし、苦労を無理に売りつけてはこなかった。
とはいえ、良い職場だったとしても尊敬している人でもこの言葉を言う人は少なからずいる。

 


けれど、たとえ言ってきたとしても無理強いするというか強い圧を感じることはなくて、言われる人によってはすんなり受け入られる時もあった。
不思議だった、とても嫌いな言葉だったのに。
素直に受け取れる時と気持ちをモヤモヤとさせられたりイラついたりさせられる時があるのは、その差はいったい何故なんだろう。

 

f:id:tatala:20210912142727j:plain

 

言葉に込めた想いは伝わってくる

何度かこの言葉を言われた中で、
私は一度だけ素直に受け入れることが出来たことがある。
私がまだ20代前半で社会に出てまもない頃、その人は当時働いていた会社の社長でした。

 

 

会社自体は大きくはないけれど、給料も待遇もそこそこ安定しており、頑張ればきちんと評価してくれるような所でした。残念ながら、男性的な職場で体力も筋力も女性にとっては少しきつく、私自身社会人を始めて間もない頃だったため全力で取り組んでいた事が祟って体を壊してしまい将来の事を考え辞めることになったのだが。

 

 

その方は継いだのではなく自ら会社を興した方で、若い頃、企業当初はそれはそれは苦労されたのだと聞いていた。
また、こんな若造の提案とか思いつきに対しても、「いいね、やってみなよ」とどんなこともチャレンジさせてくれるような方だった。
その方は当時、70歳を超えたお年だったと思うが、にもかかわらず、常にいろいろな事に興味を示し、アンテナをはっていて新しい事にも敏感で、ワンマンで言葉遣いはキツかったけれど、博識でいらしたので仕事の事だけでなくいろいろな事を教えてくれた。

 

 

20代前半とはいえ、私はその当時でもすでに5社以上は転職していた為、いろいろな上司や先輩、役員や社長を見てきたがこの方と出会い初めて職場で尊敬するということをそして、仕事を信頼して任されるという事の嬉しさを知った。
この方は私の人生において初めて師と呼べるような人だったかもしれない。

 

 

私が退職する日、これからどうするのかという話になった時に、
やってみたいことがいくつかあったので告げた。
実際はどれが本当にやりたいのかもわからないし、上手くいくかわからないけどやってみようと思うと。

 

 

私の心情を察したのかどうなのかわからないが、その方が言った。
「やりたい事全部やってみなよ、若い頃は沢山苦労した方が良い、ダメで元々、苦労した分だんだんと上手になるよ、転んでもタダで起きなければいい」
当時は本当に自信が無くて何をやっても長続きしないし、普通の人が普通に出来てる事を上手くできない自分がこの先どうやって生きていくのかと迷っている抗っている真っ只中な時期でした。そんな時にかけてもらったこの言葉はその後長い間、ささやかな励みになっていたと思います。

 


同じような言葉なのになぜこうも差が出るのか。
同じ言葉でもその言葉にどんな気持ちを込めて言っているのか。
たぶん、これですよね。

 


その人の将来を思って言っているのか、
今苦しくても後々きっと上手くいくからと励ましているのか、
自分がそうされたからそうしているからお前たちも同じ目にあえよと楽するなよと思っているのか、
他が楽に上手くいくのが面白くないとか、
苦労=会社に搾取されることを本気で勘違いしているとか、
同じ言葉でもきっと込められている気持ちはそれぞれ絶対違うと思う、むしろネガティブな思いで言ってくる方が多い。

 


だからもやもやしたりイラッとしたりするんだと思う。
それが自分が尊敬していない、こうはなりたくないと思っている人ならなおさら。
だってその結果が今のあなたじゃないんですかって言いたくなりますし。

 

f:id:tatala:20210912140608j:plain

 

 

誰の為に何の為に苦労するのかが大事

「若い時の苦労は買ってでもしろ」「若い時は苦労した方が良い」この言葉きっと
大抵はネガティブな意味を込めて言ってくる場合の方が多いと思うんです。
だから嫌なイメージというかそういう印象を受けやすい、言われたときに素直に受け取れない、モヤモヤするイラッとする。

若い頃に苦労しろっていうのは失敗や後退をしても若いからリスタートしやすいし、何度でもやり直す時間があるから、チャンスがあるから今のうちに沢山チャレンジして失敗から多くの事を学んで未来につなげろてことだよね、ポジティブな意味は。
なんでそっちの方の気持ちで使ってくれないんだろう、言ってくれないんだろう。

決して、会社の為にとか搾取してくる人や足引っ張ってくる人の為に苦労することを強要したり、やらそうとすることじゃない。
嫌だと感じている、やりたくないと思っている事を強制的にやった先にあるものって何?

 

自分が欲している「何か」が得られるからやりたい、継続したいと思ってやるなら納得がいくしやるべきだと思うけれど、その得られる「何か」が明確じゃなかったりわかっていなかったりするのであれば、苦労する意味はあるのかって思う。

 

苦労しなければ得られないものは有るけれど、それが本当に自分が欲しいと思えるものなのか、苦労した先に確かにあるのかってことをきちんと明確にする必要がある。
でないと無駄に苦労だけしたことになってしまう。


時間も労力も無限ではないのだから、自分の限りある人生で何が必要で何が必要でないのかきちんと取捨選択していかなければ、誰の為に生きているのかわからなくなってしまう。

 

苦労とは苦しい思いをすること。
駒としか、人財ではなく人材としてしか思っていない様な会社や我が身可愛さからいいように利用したり裏切ったりするような、妬み嫉みをぶつけてくるような、人の不幸を喜ぶような人の為に苦しい思いをする必要がどこにあるのか。

 

生きていれば苦しい時は何度もある、そこから逃げられない事も。
けれどそれは必要な時だけでいいんじゃないかな。
自分の為とか、愛する人達のためにとか。

 

自分がどうしても欲しいものがある時、得たいものがある時、自分の為に、愛する人達の為に、自分の将来の為に。
そういう時こそ、苦労は買ってでもするべきだと思う。

 

押し売りに負けない、必要な時だけ必要なものだけ買う

得られる物がない、曖昧、何のためにがわからない苦労は買うべきではない。
苦労をする必要はないと私は考えます。
どんなに押し売りしてきても、強い気持ちをもって断固拒否しましょう。


逆に、苦労した先に得られる物が明確、自分の為、愛する人たちの為、将来の為と動機も目標も得られる物もはっきりしている、自分自身もやるべきと思う時は必要な時に必要なもの、必要な量だけ買いましょう。

 

「若い時の苦労は買ってでもせよ」
一昔前のように買った先に恩恵が高確率で得られる時代ではなくなった今ではなんでもかんでも買うべきではないと思う。
右へならえでみんなと同じようにしていれば、社会や組織のひいたレールを何も考えず進んでいけば、そこそこ安定して生きていけた時代はもう終わりました。


今は、これからは「個」の時代、各自が自己責任で生きていかなくてはいけない時代。一昔前よりスピード感が増し、めまぐるしく変化する、臨機応変に激しい波を上手く乗りこなしていかなければならない、そんな厳しい時代。

 

厳しい時代とは言ったけれど、悲観しなくていい。
今は昔よりも自由が効きます。
昔よりたくさんの選択や手段があり、
そして多様性が認められる社会になりつつあります。
いろいろな生き方が出来るんです。

だから、改めて結論。
無責任な組織や人に惑わされず、
慎重に取捨選択をし、
自分の人生にしっかりと責任をもって生きていくのが良いんじゃないかなと私は思います。

 

f:id:tatala:20210522213418p:plain